99年夏の気まぐれ旅日記 1日目
仙台七夕と秋田竿灯
1999年8月7日(土) 一日中晴れ。暑い。
旅日記
今回は、七夕、竿灯、ねぶたの東北3大祭りを一気に見る旅をする。
青森市、弘前市のねぶたは規模が大きく人出も多いそうだが、今回はどちらにも1日違いで間に合わない。今回見る予定にしているのは、五所川原の立佞武多(たちねぶた)で、高さ22mというねぶたは青森・弘前両市にもないというから楽しみだ。
今回の旅ではJR東日本の「GO・GOフリーきっぷ」を使う。金・土・日か土・日・月の3日間、新幹線を含めたJR東日本の列車の自由席に乗り放題というお得なきっぷだ。好きなように寄り道ができるから、気まぐれな私にはぴったりだ。
仙台の七夕飾り。飾り付けがあるのはほとんどアーケードになっている場所だ。まるでビニールハウスの中で見物しているみたいで、蒸し暑くて大変だ。
1999.8.7--仙台市 中央通りアーケード街
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仙台には昼過ぎに到着。駅の中にも七夕飾りがあり、にぎやかに迎えてくれる。駅の臨時の観光案内所で地図をもらって、さっそく七夕飾りのある通りへ向かう。
土曜日ということもあって、七夕の飾り付けがされているアーケードは人でいっぱいだ。七夕飾りは、地元の有志のグループや企業単位で作られているらしい。それぞれのデザインには個性があっておもしろい。中には、「金賞」「銀賞」という張り紙の付けられた飾りもあるので、どうやら審査もされているようだ。中にはゆっくり立ち止まって見たいすてきなデザインのものもあるのだが、後ろから人がどんどん押し寄せてくるのでなかなか足を止められない。
飾り付けがあるのはほとんどアーケードになっている場所だ。アーケードの中には、太陽の熱と人込みが発する熱がこもっており、蒸し暑くて大変だ。
1999.8.7--仙台市
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七夕飾りを見ると、大きな吹き流しばかりが目に入るが、実は「道具」と言われる様々な形の部品で構成されている。会場にあった看板によれば、七夕の道具として、吹き流し(織り糸の垂れ下がった様子を表す)や短冊(学業や書道の上達を願う)の他、紙衣(かみこ。子供の健康や裁縫の上達を願う)、千羽鶴(延命長寿の吉兆)、投網(豊年豊作の吉兆)、巾着(富貴を祈る吉兆)、屑籠(物を粗末にせず役立てようとする教えの表われ)、七夕線香(お盆の行事の名残)があるという。
なるほど、良く見てみると、どんなに変わった形の七夕飾りでも、紙衣、屑籠、巾着など一通り道具を揃えているのが分かる。
仙台からは秋田新幹線こまちで秋田に向かう。お盆の帰省ラッシュが今日から始まったらしいので、座れないことを覚悟して乗り込んだが、案の定自由席は満席で、デッキや通路に20人ほどが立っている状態だった。だが、私の近くの家族連れが子供が座っていた席を空けてくださったので、幸いにも秋田まで立ちん坊になることは避けられた。
夕方になって秋田着。駅の外に出たら、昼間の熱気がまだ残っている感じで、かなり蒸し暑い。
駅から15分ほど歩いて竿灯大通りへ。竿灯を見に来たのは初めてなので、どの辺りが一番の撮影ポイントなのか分からない。とりあえず、大通りの中間地点あたりに陣取って、カメラのスタンバイをした。
18時半過ぎにいよいよ祭りが始まった。大通りの車が締め出され、まずは秋田県太鼓連盟による太鼓の競演が行なわれた。数十のグループが通りに等間隔に並び、それぞれに演技を披露する。まだ蒸し暑さが残る中、演者たちは汗だくになって太鼓を連打する。
秋田の竿灯。こんなふうに竿灯がきれいに写せるのは、祭りの最初だけなのだということが後になって分かった。
1999.8.7--秋田市 竿灯大通り
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そしていよいよ竿灯の入場である。通りいっぱいに、様々な団体の竿灯が並ぶ。最初にろうそくの点された竿灯が一斉に持ち上げられる。通りの向こうのほうまで竿灯がずぅっと続いている様子は、かなり壮観だ。
それが1,2分続いた後、各団体の演技が始まる。団体の中からそれぞれ1名ずつが出て、竿灯を手のひら、次に額、肩、そして最後に腰に竿灯を乗せていくのだ。重さ50Kgもある竿灯を、バランスを取りながら手以外の場所に乗せるのは、ものすごく大変なことだと思う。
中には失敗して、倒れてしまう竿灯もある。また、倒れないようバランスを取っているうちに、別の竿灯と接触して、共倒れになってしまうこともある。時折観客席に向かって倒れ込んだりする。
倒れる度に、ちょうちんの中のろうそくがいくつか消えてしまう。また、ちょうちんが壊れてしまうこともある。次第に竿灯が傷ついていく。
最初に全ての団体の竿灯が一斉に持ち上げられたが、その時が美しい竿灯を撮れる唯一のシャッターチャンスだったのだということが、後になって分かった。
私は道路に面した場所で写真を撮っていたが、3回ほど竿灯の襲撃に見舞われた。スリル満点の祭見学だった。
竿灯を額で支える妙技。
1999.8.7--秋田市 竿灯大通り
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腰で支える妙技。
1999.8.7--秋田市 竿灯大通り
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写真のほうは、出来が今一つだった。やはり、いい撮影場所を知らないと撮るのは難しい。いつかまた訪ねてみたいものだ。
使用したフィルム:
ポジフィルムFUJICHROME VELVIA50、
ポジフィルムFUJICHROME PROVIA400、
ネガフィルムFUJICOLOR ACE400
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今日の食事
- 朝:自宅にて、食パンとプルーンジャム。
- 昼:山形新幹線つばさ号と東北新幹線やまびこ号の切り離し作業のため4分停車した福島駅で、まいたけわっぱ飯を購入。わっぱの中にまいたけご飯が敷かれ、その上にまいたけ、錦糸玉子、鶏肉などが並べられた彩りのいいお弁当だ。
- おやつ:仙台駅で冷凍のずんだ餅を買った。ずんだ(豆打)は枝豆で作ったあんこだが、傷みやすく常温では日持ちがしない。販売員のおばちゃん曰く「3時間もすると冷凍が溶けて食べごろになりますよ」。買ってからぴったり3時間経った頃に秋田新幹線こまち号の中で食べたら、ちょうど溶け心地が良く、ずんだはひんやり、餅はやわらかだった。ずんだの、ちょっと青臭いけれどさわやかな甘さが心地よい。
- 夜:竿灯を見ていた私の近くに、腕が真っ黒に日焼けした若い男性が座っていた。季節に不似合いなごつい皮ジャンも持っていたので、きっとバイクで旅をしている人だろうと思って声をかけたら、その通りだった。
その人(Iさん)を食事に誘ったが、お金がないので遠慮すると言われた。私が全部おごってあげる約束をして、近くにあった海賊屋という居酒屋へ。まぐろの刺身、焼鳥、サラダ、そして秋田名産のじゅんさい入りのところてんなどを注文。Iさんはどんぶり飯と味噌汁も頼む。「味噌汁食べたのは旅に出て初めてですよ。白いご飯も本州に入って初めてです。」彼も私も酒が飲めないので、ウーロン茶を何杯もお代わりしながら旅の話に花を咲かせる。
彼は6月いっぱいで東京の会社を辞め、7月から旅を始めた。以来ずっと北海道にいて、2,3日前に青森に上陸したばかりだそうだ。旅の資金があまりないらしく、ここのところ毎日、カップラーメンばかりを食べているという。
旅の最中で靴がだめになり、途中で誰かにもらった長靴も使えなくなり、今はビーチサンダルでバイクに乗っているという。さすがにそれは危ないと思い、店を出るときに、「靴代の足しにして」と言って居酒屋の釣り銭4000円ほどを渡そうとしたら、固く断られた。「それをもらってしまうと、自分の旅ではなくなってしまいます。どこかでバイトして買います。」 私は自分の失礼を詫びてお金を引っ込めた。
人影が全くなくなり祭りの雰囲気がすっかり消え去った竿灯大通りで、私たち2人は握手をして別れた。一緒にいたのはわずか2時間ぐらいだったが、私は別れるのがなんだか名残惜しかった。
今ごろ彼はどこを旅しているだろうか。
今日の冷やし物:(冷やし物:沖縄方言で、冷たい飲み物やアイスクリームのことを指す)
- 自宅から持ってきたジャスミン茶500mlのペットボトル。
- 仙台のアーケードで買った、オレンジジュースの入ったスペシャルボトル。750mlも入っていたのだが、アーケードの中があまりに蒸し暑いものだから、七夕を見学していた1時間ほどで飲み切ってしまった。
- 仙台駅で買ったポカリスエット500mlのペットボトル。
今日の昼寝:秋田新幹線こまち号車内で30分。
今日の乗車距離:672.6Km
今日の宿:アキタパークホテル。
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